Cortex-R5マイコンを拡充。エコシステムを次世代の車載の世界へ。

米国スパンションは、Cortex®-R5コアを搭載する車載用マイコン「Traveo™(トラビオ)ファミリ」を出荷している。自動車のパワートレイン系、ボディ系、クラスター系の三つの用途に向けた製品を提供する。ここでは、Traveoファミリの機能や特徴について説明する。また、2015年2月に同社が発表したHMI(Human Machine Interface)向け汎用マイコン(FM4ファミリ)の概要についても述べる。

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自動車に搭載されるマイコンは、その他の機器(家電機器や通信機器、産業用機器など)に組み込まれるマイコンに対して、「別格」として扱われることが多い。これは、安定供給、長期保証、緊密な顧客サポート、振動や熱、ノイズへの対応、機能安全認証、セキュリティなど、自動車特有の要求が多く存在するためである。

その結果、車載用マイコンの市場は参入障壁が高く、閉鎖的な印象が強い。例えば、車載用マイコンの世界では独自の命令セット・アーキテクチャや専用の開発ツールが幅をきかせている。技術情報の開示について、マイコンのメーカーもユーザーも保守的である。

しかし、こうした状況は徐々に変わりつつあるようだ。汎用マイコンの市場でシェアを伸ばしているARM®アーキテクチャが、車載用マイコンに実装されるようになったことが、その一因となっている。スパンションは、車載用マイコンの世界にARMのエコシステムを根付かせようとしている半導体メーカーの1社である。

「現在、55nmおよび90nmのCMOSプロセスで製造したマイコン製品を出荷していますが、今年は40nmプロセスで製造した製品を出荷する予定です。また、マイコンに組み込むフラッシュメモリについては、微細化や高速化に対応しやすいeCT(embedded Charge Trap)技術を導入しています」(布施氏)。

Cortex-R5コア搭載の車載用マイコンを続々発表

スパンションは、前身となる旧富士通セミコンダクターのマイコン事業の頃から、8ビット、16ビット、32ビットのマイコン製品を出荷している。このうち32ビット・マイコンについては、2010年頃にARMアーキテクチャの採用へと舵を切った。

同社の製品では、ARM Cortex-M系コアを搭載した汎用マイコン「FM4/FM3/FM0+ファミリ」がよく知られているが、車載用マイコンについてもCortex-R4コアを搭載した「FCR4ファミリ」を2010年頃に製品化している。当時、日本の自動車業界においてARMマイコンに対する期待度はそれほど高くなかった。しかし2011年3月の東日本大震災を経て、マイコンの1社集中購買に対するリスクが強く意識されるようになり、安定供給を重視する自動車メーカーや電装機器メーカは、複数の半導体メーカーから調達しやすいARMマイコンに目を向けるようになった。

こうした追い風を受けて、2014年にスパンションが新たに市場へ投入した車載用マイコンが、Cortex-R5コアを搭載した「Traveoファミリ」である。同年5月に電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)のモーター制御(パワートレイン系)に向けた「ツインモーターMCU(MB9DF56x)」を、同年6月に照明やドア、エアコンなどの制御(ボディ系)に向けた「CAN FD MCU(S6J311x)」を、同年10月にスピードメータや燃料計などの次世代クラスター(インパネ)に向けた「2D/3DグラフィックスMCU(S6J32x)」を発表した。さらに2015年には、ボディ系やクラスター系の製品を4~6品種発表する予定。

ファミリ名の「Traveo」は、乗り物による移動や旅を意味する「Travel」からきているという。同社はこれまでマイコン製品に、「F」で始まるファミリ名を付けることが多かった。「スパンションに変わったということ、そして車載用にもいよいよARMマイコンを使う時代が来た、という強いメッセージを出したいということで、新しいブランド名を付けました」(赤坂氏)。

デュアルコア構成でモーター駆動と電力回生に対応

EV/HEVのパワートレイン系で使う「ツインモーターMCU」は、倍精度の浮動小数点演算ブロックを備えるCortex-R5Fコアを2個搭載している。EV/HEV駆動システムには「自動車を駆動する」モーターと「減速時に電力を回生(発電)する」ジェネレータがあり、「それぞれの制御に一つのCPUコアを割り当てることを想定して、デュアルコア構成を採用しました」(田子氏)。各CPUコアは最大200MHzで動作する。

本マイコンは、モーターの回転位置を検出するレゾルバ(角度センサー)のインタフェース回路、およびCPUコアの負荷を減らすベクトル演算器を2個ずつ搭載している。例えばベクトル演算器は、モーターの角度計算、3相電流の正規化、3相-2相変換、PID(Proportional Integral Differential)制御、電流-電圧(I-V)変換、2相-3相変換といった処理を実行する。

同社は、本マイコンの評価や制御アルゴリズムの検証に使用できる評価ボード(MB2198-770-E)も用意している。このボードは、車載ネットワークへの接続用としてFlexRayやCAN(Controller Area Network)、シリアルインタフェース(UART、SPI)の各インタフェースを備えている。また、プログラミング用のシリアル/USBインタフェース、モーター電力供給ボードと接続するためのインタフェース、2チャネルのレゾルバ・インタフェース回路なども装備する。

5Mbps伝送が可能な次世代CANに対応

自動車のボディ系制御に使用するCAN FD MCUは、その名の通り車載ネットワークの新規格である「CAN FD(CAN with Flexible Data-Rate)」インタフェースを搭載する点が大きな特徴である。CAN FDは、自動車やFA(Factory Automation)機器などで普及しているネットワーク規格CANの次世代版で、CANの開発元であるドイツRobert Bosch社が2012年3月に仕様を公開している。従来のCANは、ペイロードのデータ長が8バイト固定だったが、CAN FDでは最大64バイト可変(12/16/20/24/32/48/64バイト)となっている。これに伴って、伝送速度は数百Kbps~1Mbps(通信路長などにより異なる)から最大5Mbpsに向上した。

CAN FDを利用すると、既存のCANネットワークおよびソフトウェア資産への影響を最小限に抑えながら、従来のCANより高速なネットワークを構築できる。「パワートレイン系やシャーシ系(サスペンション、ステアリングなど)のネットワークには、高機能なFlexRayが用いられています。一方、ボディ系やクラスター系でコスト要求の強いところはCAN FDで対応していきます」(田子氏)。

本マイコンは、最大144MHz動作のCortex-R5コアと最大4Mバイトのフラッシュメモリを内蔵している。また、車載ECU(Electronic Control Unit)のセキュリティを確保するための機能として、SHE(Secure Hardware Extension)Version 1.1規格に準拠する暗号化モジュールを搭載した。これは、暗号鍵の管理をCPUコアからハードウェア的に分離し、認証処理によってデータの改ざんや抜き取りを防止する仕組みである。SHE規格は、欧州の電装機器メーカーなどを中心とする業界団体のEVITA(E-safety Vehicle Intrusion Protected Applications)が策定している。「製造不良がセキュリティ・ホールになることもあります。出荷テストでは、通常の故障モードのほかに、SHE(暗号化モジュール)との連携動作を考慮した特殊な書き込み試験も行っています」(篭橋氏)。同社では、本マイコンの評価ボード(S6T3J300111A176A2)も提供している。CAN FDのほか、LIN(Local Interconnect Network)やシリアル(UART)といったインタフェースを備えている。

2D/3Dグラフィックスでクラスターの表現力を向上

クラスター向けに供給される2D/3DグラフィックスMCUには、最大240MHzで動作するCortex-R5Fコアと共に、独自に開発した2D/3Dグラフィックス・コア(GPUコア)を組み込んだ。このグラフィックス・コアは、2Dラスタ描画、2Dベクタ描画、3Dポリゴン描画、ディスプレイ制御、画像キャプチャ制御といった機能モジュールを備えている。また、本マイコンは前述のCAN FD MCUと比べて、より多くの種類の外部インタフェースを備えている。

また、2MバイトのVRAM(ビデオRAM)を内蔵しており、外付けのVRAM(DDR3 SDRAMなど)がなくても動作する。WVGA(800画素×480画素)とWQVGA(400画素×240画素)の2画面出力に対応しており、例えばクラスター・ディスプレイとヘッドアップ・ディスプレイの2画面を同時に制御できる。ヘッドアップ・ディスプレイでは、投影するガラスの曲面に合わせた画像の歪み補正(Warping)が必要になる。このような画像処理も、グラフィックス・コアを利用してリアルタイムに実行できるという。

グラフィックス・データを格納する外付けのフラッシュメモリとの接続については、同社が2014年2月に発表した高速メモリ・インタフェース規格「HyperBus™」に対応している。HyperBus対応のフラッシュメモリ(HyperFlash)と組み合わせた場合、最大200Mバイト/sの速度でグラフィックス・データを読み出せるという。

車載ネットワークとの接続については、LIN、CAN FD、MOST(Media Oriented Systems Transport)、Ethernet AVB(IEEE 802.1 Audio/Video Bridging)のインタフェースを備えている。ディスプレイとの接続については、ディジタルRGB出力、RSDS(Reduced Swing Differential Signaling)、FPD-Linkに対応する。FPD-LinkはLVDS規格の一種で、サイズの大きいディスプレイや離れた場所にあるディスプレイとの間のデータ転送に利用する。

また本マイコンは、オーディオ出力用の16ビットD-Aコンバータや、複数の音源の音を重ねるためのミキサ回路を搭載している。ミキサは、例えばカーナビの音声に効果音を重ねる場合などに使用し、グラフィックと合わせてユーザー体験の向上に寄与する。さらに、SHE準拠の暗号化モジュールも搭載している。

なお、車載用マイコンのユーザーに対して、ISO26262(自動車向け機能安全規格)に基づく「セーフティ・マニュアル」を提供する。このドキュメントには、車載用マイコンの安全メカニズム、故障モードに対する故障検出アーキテクチャ、ハードウェアのコンフィグレーションなどが記載される。

2D描画と音声コマンド入力を低コストで実現

ここまで、車載用マイコンの新製品について述べてきたが、同社はCortex-M系コアを搭載するマイコン製品の拡充も進めている。

すでにCortex-M3コアを搭載するFM3ファミリを500品種以上、Cortex-M4コアを搭載するFM4ファミリを約100品種市場に提供している。また、Cortex-M0+コアを搭載するFM0+ファミリを今後100品種以上ラインアップする予定だ。2015年2月にはHMI(Human Machine Interface)の応用に向けたFM4ファミリの新製品を発表した。2D描画とディスプレイ制御の機能を備える「グラフィックスMCU(S6E2DH)」と、音声コマンド入力を実現する「ボイス制御MCU(S6E2CCxxF/G,MB9BF568RF)」である。例えば冷蔵庫などの家電機器、ウェアラブル機器、POS(Point of Sale)端末、ヘルスケア機器などの入出力パネルの表示、および音声コマンド入力に利用できる。

グラフィックスMCUの周辺機能は、前述のクラスター向け車載用マイコンと共通点が多い。グラフィックス・コアは、コスト効率や消費電力を考慮して機能を絞っている。また、512KバイトのVRAMを内蔵しており、外付けのRAMがなくても機能する。フラッシュメモリ用高速インタフェースのHyperBusにも対応する。「当社製のグラフィックス・ライブラリとオーサリング・ツールを提供しています。オーサリング・ツールを開発しているサードパーティとの協業も計画しています」(中津浜氏)。

ボイス制御MCUでは、不特定話者による音声コマンドの認識をソフトウェア処理によって実現している。「声の高さや話速、イントネーションが変わっても、高い確度で認識でき、登録できる音声コマンド数は現在は100個で、日本語以外の言語にも対応できます」(山下氏)。また、1Mバイトのフラッシュメモリを二つ内蔵する。これにより、片方のフラッシュメモリを使って音声認識処理を行ないつつ、もう片方でプログラムのオンラインアップデートを実行できる。

スピードを重視した積極的な事業展開

汎用マイコンの高性能CPUコアの拡充に向け、ARM社からCortex-M7コアのライセンスを取得したことを2014年11月に発表した。「スパンションになって1年半。米国企業としての良いところと、私たちが培ってきた良いところの相乗効果を引き出し、スピードを上げて事業を展開していきたい」(布施氏)と結んだ。