時代はガソリンから電気へ。進化する車載用マイコンの開発ツール。

長年にわたり、さまざまな組み込みマイコン向けのデバッグ環境を提供し、ARMコアに関しては正式ディストリビュータとして純正ツールを10年以上に渡って販売、トレーニング、サポートを行うことをしてきた横河ディジタルコンピュータ。その実績は自動車メーカーや一次サプライヤ(Tier-1)からも高く評価され、車載用マイコンの開発ツールベンダーとしてすでに揺るぎない地位を築いている。今回、東芝 セミコンダクター社がCortex ファミリを採用した車載用マイコンの戦略パートナーの1社としてYDCを選定。その背景について両社にお話を伺った。

組み込みマイコンを支えてきたYDCの開発ツール。

横河ディジタルコンピュータ(以下、YDC)は自社ブランドであるadviceシリーズやARM 社純正の開発ツールの代理店として「ARM Connected Community」のなかで重要な役割を果たしています。まずはじめに事業の概要についてお聞かせください。

山田:当社では組み込み領域を対象にさまざまなマイコンの開発ツールを取り扱っています。ARM社との関わり合いも古く、2000年には正式ディストリビュータの認定を受け、2002年にはARMの認定トレーニングセンターにもなっています。現在は、ARM社のソフトウェア開発ツールである「RealView Development Suite」やハードウェアデバッグツールである「RealView ICE」などの純正開発ツールを取り扱うとともに、お客様のニーズに合わせた独自のツールを当社で開発し、車載向けソリューションや組み込みOS開発支援ソリューションとして展開しています。

次に東芝 セミコンダクター社(以下、東芝)の事業概要について伺います。東芝では民生用マイコンだけではなく車載用マイコンにも英ARMのCortexファミリの採用を表明していますが、その背景についてお聞かせください。

鷺直:東芝では、これまで車載用マイコンは当社のオリジナルコアで開発を進めてきましたが、2007年に英ARM社のCortexファミリを全面的に採用するという方針を打ち出し、現在はCortexファミリを中心とした製品展開を進めています。Cortexファミリを選択した理由のひとつがグローバルに通用するという点です。今後は新興国でも自動車マーケットが拡大していくと考えられ、グローバルなアーキテクチャの採用は当社としても命題になっていました。またCortexファミリは、コード効率が高くROM容量を小さくできる点や、割り込みのレスポンスが速いなど車載制御としても十分な性能があり、しかも将来のロードマップが明確であるといった点などを評価し、採用に至った次第です。

現在はどのようなラインアップを展開しているのですか?

鷺直:車載用としては大きく分けてふたつのラインアップがあります。ひとつがECU(Electronic Control Unit)などに使う「制御系」で、Cortex-M3プロセッサを搭載した「TMPM350」グループと、キャッシュ内蔵のCortex-R4Fプロセッサを搭載した「TMPR450」グループをラインアップしています。いずれもハイブリッド車(HEV)および電気自動車(EV)のモーター制御を対象にしています。もうひとつがカーナビゲーションシステム(カーナビ)やインストルメント・パネル(インパネ)などに使用する「情報系」で、ハイエンド向けにグラフィックエンジンとマルチコアのCortex-A9 MPCoreプロセッサを搭載した「Pegasus」(開発コードネーム)と、ローエンド向けにCoretex-M3プロセッサを搭載した「Capricorn-B」(開発コードネーム)を開発中です。

両社の協業の歴史は長いのですか?

山田:東芝さんとのお付き合いはかれこれ15年くらいになるでしょうか。古くからのお客様にはおなじみかと思いますが、TLCS900シリーズという東芝さんの独自マイコンの頃から、当社がICE(インサーキット・エミュレータ)などを開発し提供してきました。また、東芝さんが新たにマイコンを開発するときに、仕様策定段階から参加させていただいて、デバッグ機能についてご提案したこともあります。つまり、優れたマイコンを提供するのが東芝さんの役割なら、それらのマイコンをお客様に使っていただくための環境をお届けするのが当社の役割、と言えるかと思います。

お客様のどんなご要望にも「ノー」と言わない

車載用マイコンに対するニーズは民生用マイコンとは大きく異なるかと思いますが、どのような点がポイントになってくるのでしょう。

鷺直:いちばんの違いはやはり信頼性です。また、機能安全性を担保するSIL3やASILDなどの認定にも適合していなければなりません。さらに細かいところでは、民生用のマイコンでは1.8Vといった低電圧化が進んでいますが、車載では5V対応が必須要件になります。ECUでは実績のある部品や設計資産を使用することが求められるため、マイコンだけが低電圧化を進めるというわけにはいかないからです。

車載用マイコンの開発ツールにはどのような機能が求められるのでしょうか?

山田:鷺直部長が言われたように、車載用マイコンは5V対応が必須であり、低電圧を対象とした民生用マイコンの開発ツールでは対応できません。当社では東芝さんのご要求もあって5V対応のツールをいち早く開発し、自動車メーカーに代表されるお客様のニーズにお応えしています。また、マイコンと開発ツールとを接続するプローブコネクタの形状、プローブケーブルの長さ、嵌合力(抜けにくさ)といった要件がお客様ごとに細かく指定される場合もあり、そういった接続性への対応も車載マイコンの開発ツールでは重要なポイントになります。

今回東芝では、Cortexファミリを採用した車載用マイコンの開発ツールパートナーとしてYDCを選定されましたが、その理由をお聞かせください。

鷺直:Cortexファミリのプロセッサに対応したさまざまな開発ツールは「ARM Connected Community」という優れたネットワークを通して入手可能ですが、車載市場は民生市場とは少し性格が異なっていて、お客様である自動車メーカーや一次サプライヤ(Tier-1)は統一したツール環境を長期に渡って使い続けていくという傾向があります。また、ツールベンダーのサポート力を非常に重視します。YDCさんは車載用マイコン用の開発ツールで豊富な実績を持っていることや、サポートやカスタマイズに柔軟に対応していただけることなどから、お客様のほうからYDCさんを指名されるケースが少なくありません。また、ARMの純正ツールの代理店であることや、トレーニングのメニューも揃っているため、いわば「ワンストップショッピング」の便利さをお客様がYDCさんに感じられているようです。当社としてもYDCさんとパートナー関係にあることで、Cortexファミリで作られた東芝のマイコンなら安心して使えるというご評価をいただいています。

山田:車載用途では開発ツールに対しても機能改善の要求がかなり厳しく、極端にはお客様ごとのカスタマイズやサポートが必要です。さまざまなご要求に対して「ノー」と言わずにきちんと対応しなければなりません。東芝さんもおそらく同じで、お客様の要求に「ノー」を返してしまえばマイコンは売れなくなってしまうでしょう。その点が汎用的なツールで対応できる民生市場との大きな違いではないでしょうか。

鷺直:YDCさん以外のツールを使いたいというお客様もいらっしゃいますので、当社としては他のツールベンダーともパートナーシップを組んでいます。ただ、車載市場での実績や、お客様のご要求にフレキシブルかつ前向きに対応していただけるという点などを考えると、YDCさんは非常に重要なパートナーではないかと考えています。

協業で具体的なエピソードがあればぜひお聞かせください。

鷺直:サンプルチップの完成に向けてYDCさんに当社に詰めていただいて、当社のマイコンとYDCさんのツールの両方の動作を一晩で確認し、翌日にはお客様のところにサンプルを持参した、といったこともありました。一日でも早く動かしたいというお客様のニーズにお応えできたものと考えています。

品質検証へと進化する開発ツールの役割

ところで、自動車は長く続いた内燃エンジンの時代から、ハイブリッド車(HEV)さらには電気自動車(EV)の時代へと、大きな転換を向かえています。

鷺直:HEVにはモーターとガソリンエンジンの両方が搭載されていますので一部に油圧制御も残っていますが、EVの時代にはすべてが電動制御に置き換わります。また、ガソリンエンジンに求められるマイコンの性能や周辺機能と、モーターエンジンに求められる性能や周辺機能とは当然大きく異なってきます。当社としても、HEVおよびEVの時代を見据えて、ベクトルエンジンやデジタルRDC(Resolver to Digital Converter:回転角をデジタル値に変換する回路)など、モーター制御に特化したマイコンの開発をさらに進めていく予定です。

山田:EVでは航続距離をいかに延ばすかが課題のひとつです。そのため、徹底したローパワー化を行いたいので、どこそこのモーターを制御するソフトウェアがどのように動いているかを詳しく知りたい、といったニーズがお客様から寄せられるようになっています。つまりこれからの開発ツールには、単なるデバッグ機能だけではなく、動的な解析機能やプロファイリング機能が不可欠になっていくと考えられます。

また、これからの自動車ではカーナビやインパネなどのいわゆる「情報系」が大きな役割を占めるようになっていくと言われています。

鷺直:今後は、白線認識やレーダーによる車間距離の計測などのほかに、テレマティクス技術を融合したインフォテイメントが今後普及していくと予想されています。米国や欧州を中心に議論されている安全のレギュレーション(法規制)の方向にもよりますが、たとえば画像認識やレーダー測距技術を応用し、前方車輌との車間距離が短い場合には自動的に減速するといった、情報系と制御系とを連動させる試みもすでに始まっています。この場合、認識は情報系で行いブレーキは制御系で制御するという流れになりますので、マイコンの間でどういう情報をどう伝えていくかが重要になってくるでしょう。

山田:情報系のシステムは、ECUに代表される制御系とは大きく異なり、たとえばMicrosoft Windows Embedded系やLinuxあるいはAndroidといったプロセス型OSの上で、プログラムサイズの大きなアプリケーションが動作する形態が一般的になるでしょう。また、高い性能を得るために、Cortex-A9 MPのようなマルチコア化も進むと予想されます。ソフトウェアのブラックボックス化やマイコンのマルチコア化に対して、いかに「見える化」していくかが、これからの開発ツールには求められています。

最後に今後の抱負やこれからの展望などをお願いいたします。

鷺直:先ほどもありましたが、EV時代の到来を見据えて、ARMのCortexファミリをベースに、制御系と情報系の両面でさらなる高性能・高機能なマイコン製品の拡充を進めていきます。具体的には、機能安全とモーター制御のノウハウの両方を活かせるHEVおよびEPS(電動パワーステアリング)の分野に重点的に取り組んでいます。車載マイコンにおける当社のシェアはまだ十分とはいえません。YDCさんとWin-Winの関係を保ちながら、お客様の厳しいご要求にも応えるソリューションを提供し、ともに高みを目指していければ嬉しく思います。

山田:車載用途では情報系を中心にプログラムサイズが肥大化しており、開発ツールには、単なるデバッグ機能だけではなく、分析や品質検証といった高度な機能が求められるようになってきています。当社では、関数やタスクの実行履歴や処理時間をグラフ化してシステム全体の動きを可視化するシステムマクロトレースを搭載した「adviceLUNA」や、長時間動作にも対応した動的解析ツール「TRQer」(トラッカー)といった新しい手法や環境を通じて、お客様の開発を支援していきたいと考えています。合わせて、ARM Connected Communityの皆様にも、当社のソリューションを活用していただければ幸いです。