福島県から組み込みを担う人材が羽ばたく、業界標準のIAR EWARMで技術を習得

組み込み技術者の人材育成の重要性が叫ばれるなか、福島県の職業能力開発施設である福島県立テクノアカデミー郡山職業能力開発短期大学校(以下、「福島県立テクノアカデミー郡山」)の組込技術工学科では、理論と実践の両方を兼ね備えた若手技術者の育成に取り組んでいる。同校では、次代の組み込み産業を担う学生のさらなるスキルアップを目指して、実際の製品に広く使われているARMマイコンと、その開発環境としてスタンダードとなっているIARシステムズの「IAR Embedded Workbench」を新たに教材として導入した。ここではマイコン実習を担当されている関東一樹先生にお話を伺った。

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学生からの提案でARMマイコンとIAR EWARMを実習教材として導入

「福島県立テクノアカデミー郡山」とはどのような教育機関なのですか?

関東:職業訓練を主体とする県立の職業能力開発施設です。国の職業能力開発促進法で各都道府県にはこうした専門校を持つことが定められていて、福島県では私が勤務する郡山のほかに会津と浜にそれぞれテクノアカデミーがあり、いずれも高卒者を対象としています。私が担当する組込技術工学科では、製品としての組み込みシステムの開発に必要な技能の習得と、生産設備や検査システムなどの開発に必要な技能の習得のふたつをターゲットに、マイコン技術、電子電気技術、およびメカ技術の三本柱でカリキュラムを組んでいます。

卒業生の進路は?

関東:県内の企業がほとんどですね。以前から地元企業と密着しながら就職活動を進めてきましたし、学生の地元志向が強いというのもあります。就職率は毎年100%を維持しています。

原部:就職が厳しいとされる近年でも就職率100%維持はすごいことですね。

先生の学科ではマイコンの教材にARMマイコンを採用していると伺いました。

関東:マイコン実習はテクノアカデミーの前身となる郡山高等技術専門校の時代から行っていて、初期の頃はZ80でしたが、その後PICマイコンを経て、2011度まではルネサスのH8を教材として使ってきました。このように、時代の流れに合わせた教材選びを心がけており、そろそろ次のマイコンを探そうと考えて、ある学生に次期マイコンの選定を卒研テーマとしてやらせてみたところ、学生が提案してきたのがARMマイコンだったんです。スマホをはじめとしてさまざまなところにARMが採用されているので、実習も同じマイコンでやりたい、というのが彼らの提案理由でした。

松田:なるほど、これから先のことを考えるとARMで勉強しておいた方が良いと、学生自身が考えて提案してきたのですね。

関東:そうなんです。私自身はARMを使ったことがなくて、イメージとしてはアーキテクチャが複雑でプログラミングも厄介そうだなと。それでも学生がARMを強く推してきたのと、ARM Cortex-M3プロセッサが載ったSTマイクロエレクトロニクスの「Discovery Kit」という評価ボードであれば1,000円ほどで手に入ることを知って、それならばと、思い切って2012年度から切り替えてみることにしたんです。

原部:先生ご自身に違和感はなかったのでしょうか?マイコンのコアが変わると授業の内容も変わるでしょうし、教える側としては覚えることが非常に多い気もするのですが。

関東:そうなんです。今まさに苦労しているところです(笑)。ただ、以前はレジスタを直接操作して入出力を制御していましたが、ARM Cortex-M3はライブラリが整備されているので関数を呼ぶだけでいいですし、全然違いますね。教材は、CQ出版社の「完全版 世界の定番ARMマイコン 超入門キット STM32ディスカバリ」という解説本と、先ほどの卒研生たちが設計してくれたベース基板を利用しています。LED内蔵スイッチ、アナログジョイスティック、フルカラーLED、7セグメントLED、液晶ディスプレイ、SDカードインタフェースが載っていて、一通りの入出力制御ができるようになっています。

実際の開発環境を学習に利用。卒業後のスキル活用にも大きな期待

開発環境は何を使っているのですか?

関東:これも学生に調べさせたところ、IARシステムズの「IAR Embedded Workbench」(EWARM)が良さそうだということで、先ほどの解説本の付録DVDに収録されている評価版をそのまま利用しています。

原部:先生の学科で使われているのはコードサイズ制限の評価版ですね。生成できるバイナリサイズが32KBに制限されていますが、その他は商用の「IAR Embedded Workbench」とほぼ同等です。実際に調査した学生が「良さそうだ」と考えたポイントを教えていただけますか?

関東:日本語環境で利用できる点ですね(笑)卒研でしたので短期間に立ち上げて、ゴールまでたどり着く必要がありました。別のツールにもチャレンジしたようですが最終的に、「IAR Embedded Workbench」を選択していました。

松田:開発の効率向上と期間短縮という点では商用ベースの開発でも同じことが言えますね。

関東:そうですね。実はそれまで知らなかったのですが、「IAR Embedded Workbench」は商用ベースで広く使われている標準的な開発環境と聞いて、これはすごいなと。プロ用のツールですから、学生のモチベーションも違います。それに「IAR Embedded Workbench」はARM以外のプロセッサにも対応しているそうなので、卒業した学生が別のマイコンを扱うときにもスキルを活かせるのではないかという期待もあります。

松田:学習を目的とした使い方であればバイナリで32KBあれば十分でしょうし、たとえばμITRON 4.0に準拠したイー・フォース社の「μC3/Compact」であれば基本サイズはわずか2.4KBしかないので、32KBの制約の中で「μC3/Compact」と自分たちで開発したプログラムを動かすことも可能です。今後はマイコン実習だけではなく、リアルタイムOSの学習にも「IAR Embedded Workbench」の活用を検討していただければと思います。

実際に使ってみていかがですか?

関東:「IAR Embedded Workbench」って今までのツールと違って使い方に関して学生から全然質問が来ないんです。もちろん基本的な概念や操作方法は教えなければなりませんが、あとは学生自身が自分たちで使いこなしている感じですね。それと、デバッガ機能も入っているので、同じ操作体系の中でステップ実行やブレークポイントが掛けられる点もいいなと。雑誌を含めて情報が多いのもメリットですし、先ほど話しに出た、日本語対応も非常に助かっています。英語も大事ですがツールが使えないと授業が進みませんので。

松田:「IAR Embedded Workbench」に関する情報量が多いのは、世の中の商用ベースの開発環境としてそれだけ多く利用されているからだと自負しています。

原部:学生さんの将来のことを考えると英語メニューにも抵抗なく接してもらうのがいいとは思うのですが、限られた時間の中で学習しなければならないという本来の目的に集中するには、そうした点も重要なのかもしれませんね。ちなみに、日本語と英語はボタンひとつで切り替えられるので、慣れた後に英語表示で触ってみるのも良いかもしれません。

他にも「IAR Embedded Workbench」がアカデミックで利用されているケースはあるのですか?

原部:標準的なアカデミックパッケージをご用意している訳ではありませんが、用途やニーズに応じて個別にご相談させていただいています。「福島県立テクノアカデミー郡山」に似たケースとしては、東海地方の学校で同じようにARMマイコンと「IAR Embedded Workbench」を実習教材として活用されています。こうした事例を増やしながら、ほかの学校にも紹介していきたいと考えています。

教員向けの情報提供やプリパッケージ化がアカデミック分野への普及のポイント

では、アカデミック分野にARMが浸透していくには何が必要とお感じになりますか?

関東:教員向けの情報や教材が不足していますよね。私も世の中でARMマイコンが主流になっているとか、「IAR Embedded Workbench」が標準的に使われている、といったことを知りませんでしたし、難しそうなイメージのあるARMマイコンを先生自らが覚えて、教材も新たに準備しなければならないので、いろいろな意味でハードルが高いかなと感じます。うちのような事例が増えるとともに、テキストなどが整備されてくれば、もう少し取り組みやすくなると思います。

原部:そういう意味では、今回の事例でもご利用されているARM入門向けの解説書が最近では増えてきていますが、こういった書籍の活用も有益でしょうか?

関東:そうですね。参考書としては非常に有益だと思います。でも、解説本って答えが全部書かれているんですよ。そうではなくて、こういった現象が起きたときに、内部の動きを知るにはデバッガをどう使えばいいか、といったような問題集なりテキストがあったら助かるなと。今は手探りしながら作っているところです。

松田:なるほど。確かに解説本ではステップバイステップで簡単に使える方法を教えてくれますが、逆に読み手に考えさせる部分があまり考慮されていないかも知れません。この点は、当社の顧客向けトレーニング資料でも配慮すべきだと思いましたし、今後、当社のトレーニング資料が充実してくれば、アカデミックの現場でも活用いただけるように展開していきたいですね。

東日本大震災からの復興を含めていろいろな課題があると思いますが、今後はどのような人材を育成していきたいとお考えでしょうか?

関東:学生にはとにかく新しいことにどんどんチャレンジしなさいと言っています。組み込み分野ってそういうチャレンジがなかったら発展がありませんよね。ただ、みんな地元志向なんですよ。海外に出ようとしないどころじゃなくて福島県から出ない。組み込みを勉強する学生がそういう考えでは困ると言っているんですが。

松田:その意味では多くの先生方にとっては、世界標準と言えるARMマイコンへの切り替えもひとつのチャレンジですね。工学系の人材を育てるためにも、教育現場では実際のものづくりの現場を反映した授業に取組んでいただきたいと思いますし、私たちもそういった学校や先生をサポートしていきたいと考えていますので、これを機にARMマイコンや「IAR Embedded Workbench」を採用してくださる先生が増えることを期待しています。

福島県立テクノアカデミーと福島県の今後の発展を祈念いたします。本日はありがとうございました。