電動アシスト自転車「PAS」の最新モデルに東芝のTMPM370を採用。

1993年、世界初の製品として電動アシスト自転車であるPAS(パス)を開発したヤマハ発動機株式会社は、2011年の新製品から東芝セミコンダクター社のARMマイコン「TMPM370グループ」を採用した。ここでは、PASの魅力、TMPM370グループ採用によるメリットなどを聞いた。

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誰もが乗れる身近な乗り物を目指した。

PASは「Power Assist System」を略したもので、ヤマハ発動機(以下、ヤマハ)は1993年、世界に先駆け電動アシスト自転車を開発した。坂道や風の強いときでは乗りにくいといった自転車の弱点を補うことで、誰もが乗れる身近な乗り物を目指したものだ。

開発当初は、人の力1に対してモータ補助が1:1以下のアシスト比だったものが、時速10kmから24kmに向けてアシスト比率を減らし、24km以上ではアシスト比率が0になるようになっている。2008年12月に「人:補助」が「1:最大2まで」と法令基準が改正された。

時速10kmという低速での乗りやすさが向上し、低速での安定性を増すことができる。特に坂道では、最大1/3の力で登ることができるなど、より自転車の弱点を補うことができるようになった。1980年当時から顕在化していたガソリンの枯渇が開発のきっかけの一つである。

こういった状況からヤマハでは、さまざまな研究部門のひとつとして、人間動力重視の研究である「Smart Power」をスタートさせた。PASはその研究成果のひとつである。当初は、25ccのガソリンエンジンを搭載したものを試作したが、エンジンだと制御が難しいことからモータへと発想を転換。道交法上「自転車」の認定を受け、発売されることになった。

1993年11月に地域限定で販売を開始し、1994年4月から全国展開した。2008年までにPASブランドとして累計出荷台数100万台を突破し、2010年実績で9万3千台の出荷実績を持つ。

2011年2月現在、19モデルをラインアップしている。さらに、ブリヂストンサイクルや宮田工業といった他社メーカにドライブユニットをOEM(Original Equipment Manufacturer)供給している。さらに、ユーザー層も広がり、子育て世代が利用する幼児2人同乗モデルや業務用さらには通勤や通学、スポーティーなモデルなども販売している。

発売以来さまざまな搭載技術を発展。

PASは1993年の発売以来、搭載技術を発展させてきた。たとえば、バッテリーは当初、鉛蓄電池だったものが、脱着式のニカドからニッケル水素、リチウムイオンへと進化させた。走行モードも当初エコノミーモードと通常モードの2モードだけだったが、パワーモードを追加し、さらにオートエコモードを搭載、2007年からはオートエコモードを発展させたオートエコモードプラスを搭載している。

中心となるドライブユニットは、センターマウントからリアユニット、さらに小型センターマウントへと変遷した。PASはアシスト感を高めるため、高度な制御を行っている。人がペダルを踏む力を検知し、それに見合った力でアシストする。即ちトルクセンサーからの信号を判断しモータを駆動する一連の処理を、非常に短い時間間隔で連続的に行う。

2008年12月からの新基準適合モデルの開発では、アシスト制御の見直しに加え、ギアを有効活用し、内装3段変速機のギアポジションごとに最適なアシスト力を供給する「S.P.E.C.3(スペックスリー:Shift Position Electric Control×内装3段変速)」を採用した。これはスピードセンサーで走行速度を検出し、モータの回転数との関係から選択しているギアを検出するものだ。従来はモータの回転数のみで制御を行っていたが、このS.P.E.C.3によって、1段や2段などの低いギアでのアシスト範囲が拡大。発進時から加速、巡航時まで全域でなめらか、かつパワフルで無駄のない走りを実現した。

小さなCPU負荷でもベクトル制御を実現。

このPASの最新モデルである「PASナチュラMデラックス」と「PAS Ami」に東芝のTMPM370グループ(TMPM370FYFG)が採用された。「他社の16ビット・マイコンを採用していたのですが、求められる機能が多くなり、限界を感じていました。より高性能/大容量なマイコンを探していたのですが、コスト的に見合わず、いままでのものを使い続けてきました」(ヤマハ 野澤氏)。

採用の決め手として、①VE(ベクトル・エンジン)の搭載、②5V動作、③高性能(CPUやADコンバータなど)、④フラッシュメモリ搭載などが挙げられる。TMPM370グループは、VEが搭載されており、一般にCPU負荷の大きいDCブラシレスモータのベクトル制御でもCPU負荷が小さくて済む。「いままでソフトウェアで演算していたものが、ハードウェアでできるのは画期的なことです」(野澤氏)。

さらに、TMPM370が5V単一電源で動作することも評価された。PASではモータを5Vで動作しているのだが、5V動作のマイコンは世代が古いものが多い。「最新のARMコアを搭載したマイコンの多くは、東芝を除くと3.3V動作のものとなってしまいます」(野澤氏)という。

32ビットCPUも決め手のひとつである。「いままでの16ビットのものとは格段に違っていました」(野澤氏)と、TMPM370の性能の高さを評価する。また、フラッシュメモリ内蔵についての評価も高い。「同程度の価格帯のマスクROM CPUよりもソフトウェア開発期間を十分に取れます」と、フラッシュメモリならではのメリットを語る(ヤマハ 有宗氏)。

プログラム開発の効率が圧倒的に向上。

「VEは結構良い数値が出ており、思った以上にCPU負荷が減っていました」(ヤマハ 神谷氏)。さらに、ADコンバータの分解能や性能が良く、きめ細かな制御を実現できたとのことだ。

「PASは、乗り心地(フィーリング)には自信を持っており、VEによって一層向上させることができました」(有宗氏)。これにより、PASのコンセプトである誰もが乗れる身近な乗り物としての完成度を上げることができたという。「2006年頃から高性能なマイコンを探してしたのですが、TMPM370でやっと巡り会ったという気持ちです」(野澤氏)。

PASは、機能を作る部署と性能を作る部署の連携によって開発されている。機能を作るのが野澤氏達である。「性能を作る部署がフィーリングの感性を持っており、それを支える機能を作り込むのがわれわれの仕事となります」(有宗氏)。たとえば、ゆっくり踏み込んだときの雑なモータ振動を避けたり、乗り心地の向上を目指している。また、社内の人に乗ってもらって得られた要求を性能部門が機能部門に対して、具現化しやすいように翻訳している関係にあるという。

ユーザー調査の結果も反映している。たとえば、2009年モデルは「出だしが弱いので強くして欲しい」というアンケート結果があり、それを元に2010年モデルを開発し、2011年モデルにもそのまま継承した。

さらに、TMPM370の採用に際して、新しいドライブユニットのシステム作りに向けたプラットフォームを構築した。TMPM370の採用により、プログラム開発の効率が圧倒的に向上したという。「いままでのCPUはパフォーマンスが低くアセンブラでの開発を余儀なくされていましたが、TMPM370では高級言語を選択出来るようになりました。TMPM370にしたことで機能を削ることなく、設計に集中できるようになりました」(有宗氏)。C言語にしたことでソフトウェアの可搬性が向上し、いったん開発したプログラムを次の製品でもそのまま移行できるようになると期待しているという。

さらに、バッテリー残量付きメインスイッチも新設計した。従来のメインスイッチは、バッテリー残量ランプが4段階しかなく、ユーザーから残りひとつになると不安だという意見が寄せられていた。新設計したメインスイッチにはバッテリー残量が20%になるまでは10%単位で表示し、残り20%を切ったときに1%ずつの表示にすることで安心感を高めた。さらに、表示を切り替えることで速度も表示できるようにした。

開発環境としてARMマイコン向けのものを活用。

開発環境は、KEIL(ARM-MDK)とIAR(EWARM)といったARMマイコン向けのものが多く充実している。デバッグは、これらのツールを用いて効率よく実施できた。熱対策もしっかりと実施した。「ドライブユニットにCPUボードを入れるのですが、同じボックスの中に発熱素子があり、いろいろと細かなことを積み重ねることで熱対策を行いました」(野澤氏)。

さらに野澤氏は、「設計段階では、インバータノイズによるマイコン動作への影響を懸念しておりましたが、ノイズ耐性が評価で問題になることはありませんでした。」と語る。「家電アプリケーションとしてのノイズテストを実施しており、他社製品と比べてノイズに対しても強いとご評価いただいています」(東芝マイクロエレクトロニクス 外山氏)。

機能安全については、デバイスの故障に対し、影響度に応じた設計で対応している。さらに、ヤマハ内での規定に則ったテストも行うことで自転車としての安全性を確保しているという。

東芝のサポートに対しての評価も高い。「新しいマイコンを採用するときは、いろいろと悩むことが多いものですが、緊急の問い合わせに対しても迅速に対応してもらい、かなり信頼して仕事をすることができました」(有宗氏)。「お客様がお困りにならないようにサポート面でも最大限の努力を致しました」(外山氏)。

さらに、「オリジナル・マイコンと同様のサポートを望まれるお客様が多いことから、CPUコアのトレーニング・マニュアルの整備と開発環境の充実に努めました」(東芝マイクロエレクトロニクス 平原氏)。トレーニング・マニュアルは、社内向けに作成したものを外部に公開したものだ。2008年頃から作成し、トレーニングをオープン及びオンサイトで年約20回程度開催している。「何度かバージョンアップを行い現在177ページにもなっており、新規のご質問についてもほとんどこれだけで回答することができています」(平原氏)。

開発環境のトレーニングも東芝で実施。

開発環境については、KEIL(ARM-MDK)とIAR(EWARM)のトレーニングを東芝で実施している。これは、「国産マイコンならびに開発環境を利用していたお客様に、海外製開発環境のご心配を払拭するためです」(平原氏)。ARMとパートナーとは密接に情報交換をしており、疑問点を直ぐに解消できている。

有宗氏は、「TMPM370のスタータキットは、こちらの開発スケジュールに合わせて融通して下さいました。ツールについても、これまでCPUメーカのものを当たり前に使ってきましたが、パートナー製、ましてや海外メーカのものでも違和感はありませんでした」と、東芝のサポートの高さを評価する。

最後に東芝への期待として、QCD(Quality、Cost、 Delivery)をきちんと継続して欲しい、ROM/RAMとピン数のラインアップを充実して欲しいなどの要求があった。開発ツールも含めた更なるサポートを期待しているとのことだ。「ラインアップについては、すでにロードマップもできており順次充実させていきます」(外山氏)。

東芝のARMマイコンは、今後もヤマハPASの発展に大きく寄与していくだろう。