ドイツに本社を置くローターバッハが提供するデバッグツール「TRACE32 PowerTools」シリーズは、欧米では80%から90%に近いシェアを誇るなど、業界標準のツールとして、ハードウェアエンジニアからソフトウェアエンジニアまで幅広いユーザーに支持されている。高い安定性や豊富な機能とともに、さまざまなアーキテクチャをサポートしているのが特徴である。今回はカスタム・ロジック・ソリューションのリーダー企業である日本アルテラからお二人をお招きし、「アルテラSoC」および「Nios II」プロセッサの開発環境をテーマに座談会を行った。
デバッグツールといえばローターバッハ
本日はカスタム・ロジック・ソリューションを手がける日本アルテラのお二方を交えて、デバッグ環境を中心にお話を伺いたいと思います。まずは簡単に自己紹介をお願いします。
アルテラ小山:アルテラでは、FPGAロジックを使って実装する「Nios II(ニオス・ツー)」という独自アーキテクチャのプロセッサのほかに、Arm Cortex-A9 MPCoreプロセッサとFPGAとを組み合わせた「アルテラ SoC」ファミリを展開しており、私はそうしたプロセッサ製品やテクノロジーのマーケティングを担当しています。
アルテラ萩原:私は、小山から名前の挙がったNios IIやアルテラ SoCの技術サポートを担当しています。どちらかというと導入までの技術サポートが主体です。そのほかにDSPコアの技術サポートも担当しています。
はじめにローターバッハの製品について簡単に紹介してください。
ローターバッハ香川:ローターバッハは1979年にドイツで創業し、日本法人の設立は2003年です。主力となる製品が「TRACE32 PowerTools」シリーズで、マイクロプロセッサを用いたシステムの開発に使う、いわゆるJTAGツールに相当します。デバッグツールとしてはデファクトスタンダード(事実上の標準)的な存在で、海外では「デバッグツールといえばローターバッハ」と言われるぐらいに浸透しています。
世界的に多くのシェアを獲得している理由はどこにあるとお考えですか?
ローターバッハ香川:いろいろな理由があると思いますが、安定性と品質が高いこと、本体とプローブとを分けたモジュラー形式なので末永く使えること、無限に近いトレースを取得できる「リアルタイムストリーミング」やトレースと消費電力との相関を把握できる「エネルギープロファイリング」などの優れた機能を搭載していること、さらに、お客様のご要望に応じて数多くのOSやコンパイラに対応してきたこと、などが評価された結果なのかな、と考えています。
ローターバッハ中村:もうひとつシェアが伸びた理由には、携帯系の開発があったんだろうと思っています。今でこそ携帯端末を開発するメーカーの数は少なくなってしまいましたが、一時期は日本を含めて多くのメーカーが携帯市場に参入していましたから、Armプロセッサの広がりに伴い当社製品のユーザーにも広がっていき、そこでローターバッハを使ったエンジニアの方々が次のプロジェクトでも当社の製品を選んでくださったり、口コミで広めてくださった。そういった背景があるのかなと。
日本でもシェアを拡大中
日本市場の状況はいかがですか?
ローターバッハ香川:国内には日系のツールベンダーさんがいらっしゃいますので、正直なところシェアに関してはワールドワイドほど大きくはありません。それでも、モバイル端末や基地局などの開発ではずいぶん使われていると感じています。それと実数は把握しきれていませんが、レンタルで使われているお客様もかなりいらっしゃるとみています。
アルテラ萩原:アルテラ SoCのお客様といろいろとお話をすると、ローターバッハさんの認知度はかなり高いと感じます。例えば、以前はモバイル端末を担当していた人がローターバッハさんの経験があり、今は基地局の開発に移っていて、引き続きローターバッハさんのデバッグツールを使っている、といった話はよく聞きます。
ローターバッハ香川:ただ、弊社はプロセッサの市場には浸透しているんですが、Arm Cortex-M系に代表されるマイコン市場は開拓中なんですよ。マイコン専用に開発された国産のデバッグツールと比べてしまうと、どうしても価格的に高く見えるんですかね。
ローターバッハ中村:実はマイコン市場も頑張ろうということで、Arm Cortex-M系を対象にした廉価版のデバッガμTrace for Cortex-Mを2013年8月に発売しました。まだまだ知名度が足りないみたいなので、機会があるごとにご紹介していきたいと思っています。
アルテラ小山:今もありましたけど、ローターバッハさんの製品って価格が高いという評判を聞くことがあるんですが、実際のところはどうなんですか?
ローターバッハ香川:高いというご指摘はたしかにありますね。お客様には申し訳ないんですが、価格が下がりにくいということはありますね。例えば、どんなコンパイラでも使えるようにするとか、さまざまなOSプラットフォームに対応するなど、お客様の多様な環境で使っていただけるように機能面の拡充を図っています。軽くてサクサクと動き、動作も大変安定していますので、価格だけではなくそういった点も評価していただければと思っています。
アルテラ小山:ちなみに、当社の「Cyclone V SoC」が搭載された「Helio」(アルティマ社製)という開発ボードを対象にしたこの構成でいくらぐらいなんですか?
ローターバッハ香川:価格は非公開というわけではないのですが、デバッグ機能だけの場合とトレースメモリ2GBを追加した場合とで、それぞれこのぐらいです(メモを見せる)。
アルテラ小山:なるほど。国産のデバッグツールよりは確かに若干高いかもしれませんが、標準機能として提供されているRTOSサポートやFlashプログラミング機能、ターゲットCPUが変わっても陳腐化しないモジュラー形式のデバッガハードウェアから考えると、十分にリーズナブルな範囲だと思います。
Cortex-A9とNios IIの同時デバッグも可能
次に、アルテラ製品への対応状況を教えてください。
ローターバッハ香川:Arm Cortex-A9 MPCoreプロセッサを搭載したアルテラさんのCyclone V SoCおよび「Arria V SoC」はTRACE32 PowerToolsシリーズで対応済みですし、冒頭でも名前の挙がったNios IIプロセッサにももちろん対応しています。
アルテラ小山:Nios IIで動作するRTOS(ITRON系OS)のTRACE32でのサポート機能の組み込みをお願いできませんかって最初にローターバッハさんにお話を持っていったときのエピソードがあるんですが、「Nios IIユーザーは何人いますか?」と訊かれたので「それなりにいます」と答えたら、「じゃあ、サポートしておきます」って対応していただいたんですよね。
ローターバッハ中村:弊社はベンダーさんやお客様からご要望があれば対応しますから。
アルテラ小山:アルテラではArm Cortex-A9 MPCoreプロセッサを内蔵したアルテラ SoCという製品ファミリの拡充を進めていますが、従来からのNios IIプロセッサにも引き続き取り組んでいきます。たとえば、2014年5月に発表した「MAX 10 FPGA」という安価なFPGAにもNios IIは実装可能です。その意味でもNios IIをサポートしていただいているのは本当に助かっています。
ローターバッハ香川:アルテラさんのアルテラ SoCに関しては、メモリマップに割り当てられている内蔵DRAMコントローラの制御レジスタなどを、単なるレジスタビットマップとしてではなく、レジスタの名称やビットの役割としてデバッガ画面に表示することもできるようになっています。メモリマップ内のレジスタにマウスカーソルを重ねるだけでレジスタ情報がポップアップ表示されますので、デバッグを効率的に進められるのではないかと思います。
アルテラ萩原:実はアルテラ SoCの内部には、EthernetやUSBなどのペリフェラルの制御レジスタが何千個も入っているんです。一般的にはデータシートと見比べながらレジスタダンプを追わなければなりませんから、とても便利な機能だと思います。
アルテラ小山:今のお話は、当社が「HPS(ハード・プロセッサ・システム)」と呼んでいるArm Cortex-A9 MPCoreプロセッサ部分のペリフェラルが対象ですが、ユーザーがFPGA上にレジスタを定義した場合もそうした見せ方はできるんですか?
ローターバッハ香川:もちろんできます。ユーザーレジスタの定義ファイルをテキストかXMLで記述して与えてやれば問題ありません。
アルテラ小山:ユーザー定義レジスタは、当社の開発ツール「QSYS」からXML形式で吐き出せるので、そのまま持っていけるかもしれませんね。機会があれば試させてください。
ローターバッハ香川:もうひとつ機能的な特徴を紹介すると、アルテラ SoCのFPGA部分にNios IIプロセッサを実装した場合に、Arm Cortex-A9 MPCoreプロセッサとNios IIプロセッサとを同時にデバッグすることができるんです。ライセンスとしてはArm Cortex-A9 MPCore用とNios II」用との2本が必要ですが、TRACE32 PowerToolsはひとつでかまいません。
アルテラ小山:両方のプロセッサを連動させたデバッグもできますか?
ローターバッハ香川:はい、同時実行や同時ブレークも可能です。
アルテラ小山:それは素晴らしい。アルテラ SoCで、Arm Cortex-A9 MPCoreプロセッサをメインプロセッサとして使いながら、サブプロセッサとしてNios IIを搭載したいというお客様もいらっしゃいますので、是非そういった応用に提案していきたいと思います。
アルテラでは「Arm Development Studio 5 (DS-5) Altera Edition」というデバッグツールを出しています。ローターバッハのTRACE32 PowerToolsとはどのような関係になるのですか?
アルテラ小山:DS-5 Altera EditionはArm DS-5をベースにCortex-A9 MPCoreプロセッサとFPGA部分との連動機能などを追加したアルテラ SoC専用のデバッグツールです。当社としてはアルテラ SoCをデバイスだけではなくて開発環境を含めてきちんと提供しようという位置づけで、まずはDS-5 Altera Editionをご紹介していますが、決してこれだけですべてのニーズを満たすとは考えていません。お客様のニーズや開発ステージによってはローターバッハさんのTRACE32 PowerToolsを使っていただくといった形になると思っています。
アルテラ萩原:DS-5 Altera EditionでしかできないデバッグってFPGAとの連携のところなんですが、FPGAハードウェアを制御する、いわゆる「デバイスドライバ」のデバッグに役立つ機能です。これはすべてのソフトウェアエンジニアの方が関わる部分ではありませんので「ローターバッハのツールも使えるんでしょ?」というお問い合わせをいただいたときには、一般的な開発用途であればもちろん使い慣れたデバッガを使っていただいてかまいません、とお答えしています。
自動車など成長市場への浸透を図る
今後の取り組みをお聞かせください。
ローターバッハ香川:個人的には自動車市場にアピールしていきたいと思っています。プロセッサでいうと、今まではArm系ではなくフリースケールさんやインフィニオンさんが中心でした。日本の自動車メーカーやサプライヤーさんに対して当社の認知度を高めつつ、ソリューションを広げていけたらなと。
アルテラ小山:アルテラでも自動車市場はとても重要と考えていて、車載用途にも是非アルテラ SoCを使っていただきたいと考えています。ところで、自動車というと機能安全への対応が求められ、当社でも「認証済みファンクショナル・セーフティ・データ・パッケージ」というリソースを提供しているのですが、何か取り組みは行っていますか?
ローターバッハ中村:DO-178CとISO26262の要求を満たすアプリ開発にTRACE32のコードカバレッジ機能をご利用いただくくための一助となる「TRACE32 Tool Qualification Support-Kit」という無償オプションを発表済みで、間もなく正式にリリースされる予定です。どういうツールを使ってどうやってカバレッジを取得したか、という情報を資料としてきちんと残しておきたいというお客様向けのキットで、ソースコードとTRACE32評価用のテストスイートからなる既製のパッケージとして提供されます。
アルテラの今後のロードマップと、デバッグツールの対応予定はいかがですか?
アルテラ小山:現在はArm Cortex-A9 MPCoreをデュアルコア構成で搭載したArria V SoC(コア周波数最高1.05GHz)とCyclone V SoC(同950MHz)を出荷していますが、さらに高性能化したArria 10 SoC(同1.5GHzを予定)を発表済みです。また、フラグシップデバイスとして、Arm Cortex-A53 MPCoreをクワッドコアで搭載した「Stratix 10 SoC」も開発中です。これらの新しいデバイスのサポートについても、ローターバッハさんとすでにお話が進んでいるとアメリカ本社からは聞いています。
ローターバッハ香川:Arm Cortex-A53 MPCoreにはすでに対応済みですから、あとはStratix 10 SoCのレジスタを定義するとか、そういうところですね。すぐにサポートできると思います。
それであればユーザーも安心ですね。最後に一言ずついただけますか?
アルテラ小山:先ほども紹介しましたが、Arm Cortex-A9 MPCoreをデュアルで搭載したアルテラ SoCのデバッグツールとしては、純正として位置づけられるDS-5 Altera Editionに加えて、世界的にユーザーの多いTRACE32 PowerToolsも使えますので、お客様は安心して開発に取り組んでいただけるのではないかと思っています。また、知り合いのよしみというわけではありませんが、ローターバッハさんとはいろいろなイベントで一緒にプロモーションなどを進めていければと願っています。
ローターバッハ香川:Arm Cortex-A9 MPCoreプロセッサとNios IIプロセッサとのマルチコアデバッグを実現している点はあらためて強調しておきたいところです。それぞれで異なるOSを動かすヘテロジニアスな環境でも丸ごとサポートします、というのが、アルテラさんのソリューションを対象にした当社の強みだと思っています。
今後のご発展を祈念しています。本日は興味深いお話をありがとうございました。
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