本講座は、ルネサスエレクトロニクス社(以降、ルネサス)のArm® Cortex®-M85プロセッサ内蔵マイコン RA8P1グループを使ってAIを実現するための「マイコンを使ったエッジAI講座」です。
本講座のゴール
- RA8P1グループの特長、仕様を理解する。
- 開発環境を理解する。
- AIアクセラレータを使ってAIを実現する。
本講座の構成
第1回:RA8P1グループの紹介
第2回:開発環境(e2 studio)
第3回:AIソリューション例評価用デモ
第4回:実践編1:開発環境整備
第5回:実践編2:AIナビゲータを使用したAIモデルの最適化
第1回:RA8P1グループの紹介
RA8P1グループは、2025年7月に発表された、AIを実現するためのマイコンです。AI専用アクセラレータのEthos™-U55を搭載し、Cortex-Mの最高峰のM85との組み合わせで、高機能AIを実現できます。今回は、RA8P1グループについて詳しく解説します。
- 業界最高水準のCPU処理性能のCortex-M85+M33について学ぶ。
7300+ CoreMark の性能をもつDual CPUコア(Cortex-M85@1GHz + Cortex-M33@250MHz)の処理性能について学習します。 - AI専用アクセラレータEthos-U55について学ぶ。
Ethos-U55 NPUを活用することで、CPU単体での処理と比較して、AI推論性能が格段に上がります。Ethos-U55について詳しく学習します。 - AIアプリ開発を加速するツール、キットについて学ぶ。
AIアプリケーションを簡単なGUI操作で開発可能なツール、キットで、学習済モデルの変換・量子化・コード生成を一括サポートする手法を学習します。
概要
昨今、産業用分野のAIは、クラウドで推論を行うクラウドAIから、エッジデバイスで推論を行うエッジAIに移行しています。エッジAIのメリットは「クラウド接続遅延が無い高速リアルタイム応答」「低消費電力」「セキュリティとプライバシーの向上」「クラウド接続コストの削減」です。
エッジAIで使われるCPUコアは、性能の観点から、高性能のマイクロプロセッサ(以降、MPU)が主流でした。しかし、MPUを使う場合には、「消費電力が大きい」「外付け部品が必要」「コストが高い」「システムとソフトウェアアーキテクチャが複雑」などの難点がありました。
そこで、「ローエンドMPUに匹敵する演算性能」を持ち、「専用AIアクセラレータ」を搭載すれば、マイコンでエッジAIが実現できるのではないか?と、開発されたのがRA8P1グループです。
RA8P1グループの登場で、マイコンの演算能力の向上、最適化されたMLモデル、ツール、ソリューションを活用することで、リソースが限られたマイコンでもエッジAIが実現できるようになりました。
RA8P1グループは、ルネサス初のAI専用アクセラレータ搭載32ビットマイコンであり、Helium™ MVEに対応したArm Cortex-M85と、Ethos-U55 NPUを搭載しています。256 GOPSのAI性能を実現し、7300 CoreMarkを超えるCPU性能を備えています。音声認識や画像処理、リアルタイム解析などの高度なAIアプリケーションを1チップで効率的に動作させることが可能です。
一方、高度な暗号化セキュリティIP、不変のOTP(ワンタイムプログラマブル)ストレージ、および改ざん防止機能を備えた、セキュアエレメントに類似した機能を内蔵しており、安全なエッジAIやIoTアプリケーションを実現します。
そして、開発の効率化と開発期間の短縮を実現するために、周辺機能ドライバ、ミドルウェア、RTOSなどを包括的に提供するソフトウェアパッケージ「Flexible Software Package(FSP)」と、AIモデルをRA8P1向けに最適化し、C言語形式として出力する変換ツール「RUHMI Framework」に対応しています。

図1:RA8P1グループ
ポートフォリオ
ルネサスの数多くのマイコン製品の中でもCortex-MプロセッサをコアとしたマイコンがRAファミリです。Cortex-M23、M4、M33、M85(以降、CM23、CM4、CM33、CM85)を搭載したシリーズを取り揃えており、これらのコアを動作周波数帯で分類してシリーズ化しています。動作周波数の低い順からRA0(CM33、32MHz)、RA2(CM23、~64MHz)、RA4(CM4&CM33~100MHz)、RA6(CM4&CM33、~240MHz)、RA8(CM85、320MH~)になります。また、用途で分類するとメインストリーム(Mainstream)、低消費電力(Low Power)、エントリー(Entry)、モーターコントロール(Motor Control)&リッチアナログ(Rich Analog)、ワイヤレス(Wireless)などにマッピングされ、5シリーズ、41グループ(2025年12月時点)が揃えられています。
RA8シリーズは、メインストリームの中の最上位に位置し、さらに、RA8P1グループはRA8シリーズ中の最上位機種に位置付けられます。RA8P1グループは業界のマイコンの中でも最高水準のCPU性能に加えてAIアクセラレータを搭載しています。
ルネサスは2023年に世界で初めてのCortex-M85コアを採用したRA8シリーズを発表しました。メインストリームラインのRA8M1とRA8M2、エントリーラインのRA8E1、RA8E2、モータ制御向けのRA8T1、RA8T2、ディスプレイを備えたHMI(Human Machine Interface)用途向けのRA8D1、RA8D2、そして今回の記事で触れるAI専用アクセラレータを搭載したRA8P1と立て続けにラインナップを拡げています。
RA8P1グループは、エッジAIアプリケーション向けに最適化されており、Ethos-U55 NPUによってCNN(畳み込みニューラルネットワーク)やRNN(リカレントニューラルネットワーク)といった高負荷演算処理をCPUからオフロード(負担軽減)します。Ethos-U55は、最大256 MAC/サイクルの実行により500 MHz動作時に256 GOPSの性能を実現し、DS-CNN、ResNet、MobileNet、TinyYoloなど主要なニューラルネットワークに対応します。使用するニューラルネットワークの種類によっては、Ethos-U55はCM85コア単体で実行した時と比較して1秒あたり最大35倍の推論性能を発揮します。

図2:ポートフォリオ
ターゲットアプリケーション
RA8P1グループとその他の製品(アナログ+パワー+組込みシステム+コネクティビティなど)と組み合わせて、AI機能付きビデオ会議カメラ、AI駆動ドローイングロボットアーム、AI搭載モニタリングカメラなど、多彩な ウィニング・コンビネーションのソリューションを実現できます。
ルネサスのウィニング・コンビネーションは、ルネサス製品を最適に組み合わせてエンジニアによる設計検証を行っているため、ユーザーの設計のリスクを低減し、市場投入までの時間を短縮できます。他にも、さまざまなアプリケーション向けに400種類以上のウィニング・コンビネーションを提供しています。

図3:ターゲットアプリケーション
特長
業界最高水準のCPU処理性能
RA8P1グループは、CPUとして1GHz動作CM85と250MHz動作のCM33コアに、AIアクセラレータとしてEthos-U55ニューラル・プロセッシング・ユニット(NPU)を組み合わせることで、業界最高クラスの7,300 CoreMarkのCPU性能および256 GOPS(Giga Operations Per Second)のAI演算性能を実現しています。
デュアルコアの利点を活かし、システムタスクを分割し、独立して処理できるため、非常に効率の高いタスクを実現することができます。2つのコアは、どちらもメインとサブになり得ることができ、完全に独立して動作します。CM33は低消費電力を活かしたスリープ復帰やバックグラウンド処理に最適ですし、高性能なCM85コアは高速演算タスクが必要になるまで、低消費電力モードを維持することができます。
例えば、AI前後処理、HMIなど高負荷処理はCM85コアが担い、リアルタイム制御、通信、センサIF、セキュリティなどは、CM33が担うような使い方ができます。

図4:業界最高水準のCPU処理性能
AI専用アクセラレータ:Ethos-U55搭載
Ethos-U55 NPUとは、Arm社製のAI専用アクセラレータです。最大256GOPS@500MHzのAI演算能力が実現可能です。Ethos-U55 NPUを活用することで、CPU単体での処理と比較して、最大35倍のAI推論性能を発揮可能です。これは、画像分類や物体検出など、エッジ/エンドポイントAIアプリに最適なNPUと言えます。

図5:AI専用アクセラレータ:Ethos-U55搭載
多彩なHMI向け高性能周辺機能
RA8P1グループは、ビジョンAIや音声AI、リアルタイム分析のアプリケーションに最適化されており、専用の周辺機能(カメラ/ディスプレイ/音声のインタフェースなど)、大容量メモリ(SRAM)、高度なセキュリティ機能を搭載して、製品の小型化と開発工数の削減を実現できます。
また、最大500万画素のカメラに対応する16ビットのカメラインタフェース(キャプチャエンジンユニット:CEU)と、各レーン最大720Mbps(メガビット/秒)の高速転送に対応するMIPI CSI-2インタフェースを2レーン備え、ビジョンAIアプリケーションに対応し、効率的な画像処理が可能となります。
音声AI向けには、I2SやPDMなど、複数のオーディオインタフェースを備えており、マイク入力をサポートします。さらに、Parallel RGB,MIPI-DSIに対応したLCDコントローラ(GLCDC)を搭載し、内蔵SRAMで16bitカラーWVGA表示が可能です。また、I2S,PDMによるデジタル音声入出力が可能です。

図6:多彩なHMI向け高性能周辺機能
強固なセキュリティ機能
NIST(FIPS 140-3, ESV)の認証プロセス進行中、さらにPSA Certified Level 3 RoTの取得を計画中の新たに搭載されたセキュリティIP(RSIP-E50D)は、CHACHA20、Ed25519、最大521ビットのNIST ECC曲線、最大4Kビット対応の拡張RSA、SHA2およびSHA3など、多数の暗号アルゴリズム用アクセラレータを装備しています。Arm TrustZoneとの連携により、セキュアエレメントと同様の統合型の包括的なセキュリティ機能が実現できます。
さらに、ハードウェアベースのRoot-of-Trust(信頼の基点)に加え、OTP(ワンタイムプログラマブル)ストレージ内のファーストステージブートローダ(FSBL)によるセキュアブートも提供しています。また、DOTF(Decryption-On-The-Fly)に対応したXSPIインタフェースを搭載しており、外部フラッシュに格納された暗号化コードイメージを、安全に転送しながらリアルタイムで復号し、マイコン上で実行することが可能です。

図7:強固なセキュリティ機能
AIアプリ開発を加速するツール、キット
AI Navigatorは、エッジAI開発に必要な機能を統合したツールで、AIアプリケーションをすぐに開発できるナビゲート環境をもたらし、開発期間の短縮が実現できます。
ここで言うナビゲート環境とは、GUI上でAIアプリケーション開発をナビゲートし、最短ステップでルネサス製デバイスへの実装をサポートする環境のことです。開発用のツールチェインのダウンロード、およびインストールも本ツール上でガイドするため、e2 studioに本プラグインをインストールするだけで、簡単にAIアプリケーション開発環境を構築できます。
一方で、AIモデル変換ツール「RUHMI Framework」が、学習済モデルの変換・量子化・コード生成を一括サポートしています。
また、豊富なサンプルAIアプリケーションとAIモデルを提供し、最適化されたAIモデル実行形式、ハードウェアアクセラレータを有効活用すると、デバイス評価期間/アプリ開発期間を短縮できます。

図8:AIアプリ開発を加速するツール、キット
MRAMの搭載
MRAMとは?
MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)は、記憶素子に磁性体を用いたメモリです。電子のスピン状態を用いて情報を記憶するため、電源を切ってもデータが消えない「不揮発性」に分類されます。
原理上、電流が流れる時間が短いため、消費電力は大幅に削減されます。また、短時間で電子のスピンの向きを変えることができるので、高速な読み書きを実現できます。
- 不揮発性メモリで電源断でもデータ保持
- 高速な読み書き性能
- 書き換え耐久性が高い
- フラッシュと比べて低消費電力
22nmプロセスで製造し、RA8P1グループがMRAM搭載の第1弾製品です。

図9:MRAMとは?
フラッシュ・メモリとの比較
従来マイコンで使用されているフラッシュ・メモリと比較すると。書き込み速度が速く、耐久性とデータ保持性も優れています。下図にフラッシュ・メモリとの比較を示します。

図10:フラッシュ・メモリとの比較
MRAMの磁場影響について
MRAMと磁場
MRAMメモリセルは複数の強磁性層とそれらの間の絶縁膜で構成されており、そこに書き込まれたデータは強い外部磁場の影響を受ける可能性があります。
MRAMのデータは、熱擾乱や外部の磁場によって確率的に反転する可能性があります。そのため強い磁場環境に置かれるアプリケーションでは、予期しない動作が発生する可能性があることに注意が必要です。
磁場耐性
磁場耐性はMRAMの状態(動作状態と保存状態)に依存し、温度や外部磁場の角度によってさらに影響を受けます。例えば、書き込みモードの磁場耐性は動作温度に依存しませんが、ビットエラーレートは温度に依存します。実際の使用条件がワースト条件にまで至らない場合には磁場耐性は緩和可能です。

図11:ステータスごとの磁場耐性
MRAMの磁場影響について
様々な発生源(N52磁石※、電化製品など)から発生する磁場は、距離とともに指数関数的に減少します。そのため、磁場の影響を避けるには、MRAMを磁場発生源から十分離して設置することが効果的です。
(※)N52磁石は、広く使用されている強力な永久磁石ネオジム磁石の中で、最も強力な磁石です。

図12:N52磁石サイズの磁場と距離の関係
参考として、N52磁石のサイズと、磁場が200ガウスを超えない安全距離の例を下図に示します。このような距離を確保できない場合、適切な磁気シールドの使用を検討する必要があります。

図13:磁石のサイズとMCUとの距離モデル
ルネサスでは、MRAMの磁場耐性ガイドラインの アプリケーションノートを提供しています。このアプリケーションノートでは、MRAM搭載製品を使用してアプリケーションを安全に実装するために必要なガイドラインと注意事項について詳しく説明していますので、詳細については、こちらを参照してください。
すぐに利用可能なソリューション
ルネサスは、RA8P1向けにFSP(Flexible Software Package)、評価キット、開発ツールなど、使いやすい各種ツールやソリューションを提供しています。また、顔検知、画像分類などの様々なサンプルソフトウェアやアプリケーションノートが用意されており、ユーザーの開発期間の短縮をサポートしています。
一方で、多くのパートナーソリューションも提供されており、例えばNota.AI社のドライバモニタリングシステムソリューションや、Irida Labs社によるスマートシティセンサーソリューションなどがあります。
Renesas RA FSP Solution (Advanced)
e2 studioでデュアルコアを実装する場合、CM85コアのプロジェクト、CM33コアのプロジェクト、セキュア領域のメモリ管理をするプジェクトの3つが必要になります。そこで、デュアルコア開発用として、「Templates for New C/C ++Project」に「Renesas RA FSP Solution」と「Renesas RA FSP Solution(Advanced)」が提供されています。
「Renesas RA FSP Solution」は、CM85コアおよび、CM33コアそれぞれのプロジェクトファイル、2つのプジェクトを管理するプロジェクトファイルが生成され、ベアメタルのみでの対応になります。「Renesas FSP Solution Project (Advanced)」は、2つのRA C/C++ projectsをリンクさせるプロジェクトを生成し、RTOSに対応しています。

図14:e2 studioでデュアルコアを実装する方法
顔検知ソリューション
顔検知ソリューションのサンプルプログラムは、カメラフレームをキャプチャし、顔を検出し、検出された領域にバウンディングボックスを描画します。最大20人の顔を検出可能です。リアルタイム制約のある組み込みプラットフォーム上でEthos-U NPUを用いた効率的なAI処理(推論速度は18.5倍向上)を実証できます。
Githubからダウンロードできます。

図15:顔検知ソリューション
画像分類ソリューション
画像分類ソリューションは、ImageNetデータセット(1000クラス)でトレーニングされたMobileNet V1モデルを使用して撮影したフレームに対してリアルタイム画像分類を実行する画像分類アプリケーションです。上位5つの予測クラスとそれに関連する確率が画面に表示されます。RUHMIフレームワークを活用して効率的なモデル展開を実現することができます。
Githubからダウンロードできます。

図16:画像分類ソリューション
Nota.AI社:ドライバモニタリングシステム
Nota AI社(韓国)はルネサスと提携し、RA8P1に最適化されたドライバモニタリング・システム(以降、DMS)を提供しています。
これによって、RA8P1上でAIを効率的に実行し、スケーラブルでリアルタイムのドライバ行動分析が組み込みシステムに導入可能になり、サイズや電力が制限される自動車環境でもインテリジェントな安全機能が得られるようになります。
DMSは、眠気やスマートフォン操作、喫煙などの注意散漫を検知します。そして、車内安全ソリューションにより、道路全体の安全性を向上します。
サンプルプロジェクトの詳細につきましては、ルネサスエレクトロニクス株式会社営業へ問い合わせください。

図17:Nota AI ドライバモニタリング
Irida Labs社:スマートシティセンサーソリューション
スマートシティセンサーソリューションはRA8P1向けに最適化され、CM85とEthos™-U55 NPUのパワーを活用し、エッジコンピューティングにおいてリアルタイムかつプライバシー保護された交通・歩行者モニタリングを実現します。
《特長》
- 車両監視・追跡、および歩行者の流れの可視化を実現
- エッジAI処理(RA8P1搭載) により、すべての画像認識処理をエンドポイント側で実行
- デモでは指定エリア内の人数カウントおよび通行した車をカウント
サンプルプロジェクトの詳細につきましては、ルネサスエレクトロニクス株式会社営業へ問い合わせください。

図18:IRIDA LABS車両・歩行者モニタリング
「第1回:RA8P1グループの紹介」は、以上です。RA8P1グループについてご理解いただけましたでしょうか?次回は、「第2回:開発環境(e2 studio)」です。e2 studioに含まれるAIアプリ開発機能について解説いたします。





