フーリエ分析を学ぶ前に
数学とか数式とか聞くと、それだけで嫌になってしまう人がいるかもしれません。しかし信号と言う目に見えないものを扱うためには、日本語だけですべてを説明することは不可能です。どうしても数学や数式という、目に見えない事を語るための言葉・道具が必要になってきます。
この連載ではまず、フーリエ分析を学ぶ前に最低限押さえておいて欲しい4つの項目「複素数」「三角関数」「積分と微分」「行列」の4つをおさらいします。特に最後の「行列」については、現在の学習指導要領では高校数学で扱わなくなっており、そもそも学んだことがない人もいるかもしれません。ここではフーリエ分析の理解に最低限必要な要点だけをピックアップして解説しますので、苦手な人もそうでない人も、学んだことがある人もない人も関係なく、気軽にトライしてもらえればと思います。
数の分類
有理数
人類が最初に獲得した数字は1,2,3…という、今でいう「正整数」が最初です。小石を並べたり、ひもに結び目を作ったりするなどして記録するところから始まり、徐々に数を表すための記号(数字)が生まれました。その後、ゼロ、そしてマイナスの整数(負整数)の概念が揃い、これらをまとめて「整数」といいます。
隣り合う整数と整数(例えば1と2)の間にもたくさんの数が存在します。整数を分母と分子に振り分けて表現できる値の全体を「有理数」といいます。整数でない有理数(図では便宜的に「分数」と書きました)は、小数点以下の数字が一定桁数で打ち切られる「有限小数」(例えば3/5=0.6)と、小数点以下が無限に繰り返される「無限(循環)小数」(例えば2/9=0.222…)に分かれます。
有理数+無理数=実数
隣り合う整数と整数(例えば1と2)の間にはたくさんの有理数が存在しますが、有理数だけですべては埋まりません。さらにこの中には、分数で表すことができない値(小数点以下が無限に続き、なおかつ同じ数字列が繰り返されない)が存在します。そのような値のことを「無理数」といいます。特に代表的で、これからよく使う無理数を3つ紹介しておきましょう。
まずは√(ルート)2や√3、√5といった一部の平方根は、無理数になることが知られています。√2=1.41421356…(ひとよひとよにひとみごろ)、√3=1.7320508…(ひとなみにおごれや)、√5=2.2360679…(ふじさんろくおうむなく)といった語呂合わせを覚えている人も多いでしょう。
円周率π(パイ)=3.141592…もまた無理数です。円の直径に対する円周の長さの比率として定義された値なので、円に関わる式に登場するのはもちろんですが、一見円と全く関係がないような所にも突如として登場したりする不思議な値です(例えば、解析接続という議論を行うと、すべての自然数の積1・2・3…=√(2π)という驚きの結論が得られます)。
もう一つ、重要な無理数として「自然対数の底(てい)」または「ネイピア数」と呼ばれる数e(イー)=2.71828…があります。円周率πに比べると、ネイピア数eの意味を簡単に説明するのは難しいのですが、一言で説明すれば「微分をしても形が変わらない指数関数を作るような、対数の底」ということになります。とりあえず「eを底とした対数(自然対数)は何かと計算の都合が良い」くらいに覚えておくだけでも大丈夫です。
有理数と無理数を全て合わせた概念が「実数」です。
実数を全て集めると、一本の線(数直線)が出来上がります。
ちょっと余談:分数を使って平方根を表すには
べき乗というと、2乗とか3乗といった、指数部に整数が乗る形が一般的ですが、分数・ゼロ・負の数を載せる事も可能です。
2のべき乗(2を底(てい)とした指数)を例に説明しましょう。
指数が正整数の時は、指数の数だけ底をかけ算すれば答えが出ます。例えば2の3乗なら2×2×2=8ですね。
指数が1/xになっていた場合、答えはx乗根になります。2の1/2乗なら2乗根(つまり平方根=ルート)ですし、1/3乗なら三乗根です。
指数がゼロの時は、底が何であっても指数関数の出力は通常1と考えて大丈夫です。(0の0乗の場合は特殊な事例で、1と考える事も、定義なしと考える場合もあります)
実数+虚数=複素数
無理数、そして実数という概念が生まれた事で、この世の「数」の世界は全て見えるようになった…と思われました。しかし、二次方程式(xの二乗を含む方程式)を解く時に、困ったことが起こりました。解けない二次方程式が存在することに気が付いたのです。具体的には、二次方程式の解の公式にある√の中(これを判別式といいます)が負の時です。
判別式が負になるということは、2乗すると負になるような値が存在するという事になりますが、いかなる実数も2乗すると正の値になってしまいます。そのため、中学校で二次方程式を学ぶ時は「判別式が負の場合、その方程式は「解なし」」と教わります。
解なしのままでは困るので、二次以上の方程式を解くために、虚数といういわば「人工の数」を作りました。二乗すると―1になるような値にiという記号をつけ、これを「虚数単位」と呼びます(なお、数学系の人は虚数単位の記号にiを使いますが、電気回路の世界では電流の記号と混乱するため、電気系の人は虚数単位の記号にjを使用するのが一般的です)。あくまでも「人工の数」ですから、むりやり具体的なイメージを作って理解しようとすると、かえって混乱します。慣れるまで少し気味が悪いかもしれませんが、定義をまるっと飲み込んでしまいましょう。
虚数単位iを実数倍した値の事を虚数(または純虚数)といいます。そして、実数と虚数を合わせたものが複素数a+ibです。実部(実数成分)aと、虚部(虚数成分)ibにわかれることから、(複数の要素を持った数)という意味で、複素数と言われます。
これでようやく「数の世界」の全容をとらえることができました。数の世界を表したマップを図に示しましょう。
複素平面
複素平面の書き方
「実数を全て集めると数直線になる」と先に説明しました。しかし複素数が現れると、数直線の上に虚数を書くことができません。そこで軸をもう一本増やし、実部(実数成分)を横軸に、虚部(虚数成分)を縦軸に割り振った平面を考えます。この平面を「虚数平面」と言います。実数が「数直線上の点」として表現できたのと同じように、複素数は「複素平面上の点」として表現ができます。
例として、複素数(3+2i)を複素平面に表してみましょう。
複素平面の横軸は実部の大きさを表すため、「実軸」といいます。図では”Real”の先頭2文字をとってReと表記しています。そして複素平面の縦軸は虚部の大きさを表すため、「虚軸」といいます。図では”Imaginary”の先頭2文字をとってImと表記しています。
複素数(3+2i)の実部は虚数成分を持たない項、すなわち3なので、複素平面の横軸方向は原点から+3の位置にとります。同じく虚部は虚数成分を持つ項、すなわち2iなので、複素平面の縦軸方向は原点から+2の方向(虚部の係数の大きさ)にとります。したがって、複素平面上で複素数(3+2i)を表す点は、座標(3,2)の位置にあたります。
なお複素平面上に実数を置きたい場合は、実数を(a+0i)という複素数ととらえます。つまり実軸の上に乗った点となります。要するに、複素平面の実軸は従来の「数直線」と全く同じ概念ということになります。逆に、複素平面上に純虚数を置きたい場合は、(0+bi)という複素数ととらえるので、虚軸の上に乗った点となります。
複素数の角度と絶対値(原点からの距離)
平面上に乗った点の位置を座標で示す場合、よく使われるのは原点を中心とした直交座標系(原点で交差し、直交する軸に投影した距離の組み合わせで座標を指定する方法)ですが、それ以外に極座標系(原点からの直線距離と角度で座標を指定する)で座標を示すこともできます。
複素数もまた、(複素)平面上に乗った点であり、原点から見て実軸(横軸)と虚軸(縦軸)という直交した軸上の距離を組み合わせて座標を指定しています。これは1つの複素数(の座標)を直交座標系で指定していることになります。ということはこれを極座標系で表すこともできるということになります。
先ほどと同様に、複素数(3+2i)を例にとって説明しましょう。図ではこの値にzという記号を付けました。
原点とこの点zとの直線距離を、「(複素数の)絶対値」といいます。通常、絶対値を表す記号は|z|となります。実部の大きさaと虚部の大きさbがわかっていれば、三平方の定理(ピタゴラスの定理)を使用して、絶対値を求めることができます。
横軸(実軸)と点zの角度を「(複素数の)偏角」といいます。角度記号を使って∠zと書くか、Argumentの頭文字をとってarg(z)と書いたりします。実部の大きさaと虚部の大きさbがわかっていれば、アークタンジェント(逆三角関数の一つ…三角関数については後述)を使用して偏角を求めることができます。
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